南インドの旅~よきことは何か?

昨年は『仕事にインスパイアされる場所』に行きたいと、ぼんやり考えていた。

 

街に住む人が、心地よい暮らしを自分たちで作り出している…長い年月を経て持続的に育まれた有機的な生態系を目の当たりにしたい。

 

米国ポートランドや英国トトネス、ドイツにイタリア…。いくつかの街に魅力を感じながら、そのムーブメントの『源流に出会ってみたい』と感じた時、南インドのヨガリトリートの話が舞い込んできた。

 

2017年9月の末から、南インドケララ地方にあるリトリートセンターでの7日間。有機農法やアーユルベーダの発祥の地。識字率が高く、男性上位であるインドで女性の地位が比較的に高く働く女性が多いらしい。古来の知恵が暮らしに根付き、持続的な暮らしの循環を感じることが出来るかもしれない。

今回は、ヨガ・瞑想・・オプションでアーユルベーダのマッサージも!100%ナチュラルなケララ料理も堪能できる。

身体調整に脳トレ…湯治に出かけたつもりで自分も養生しよう!軽い気持ちで参加を決めた。

 

はじめて降り立ったインド、真夜中のコーチン空港はトイレもピカピカ!新しく快適だ。

 

タイミングよく迎えのタクシーに乗り込んで、街中を走り抜ける。対向車すれすれでセンターラインをはみ出して追い越すタクシー。クラクションを鳴らし合ってコミュニケーションをとる。車と車、人と人もとても近い。日本なら、いきなり路上でケンカがはじまりそうな距離感がここでは当たり前らしい。

 

延々3時間、時差ぼけで意識も遠くなりながら滞在先に到着。Ahimsa Garden Reteatだ。


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主要客は、アメリカ人やヨーロピアン。

オーナーがアメリカ在住の女医さんということもあり、気配り上手な女性スタッフが生き生きと働く。
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宿泊施設の隣には、地域の人々のための小さな診療所と小さなソーイングセンターがある。
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リトリート施設の運営も、診療所やソーイングセンターも「地域の女性の雇用」を生み出すことが狙いだ。

 

もともとこのリトリート施設のある場所は、かつはオーナーの実家の土地。実家がなくなった後、近隣の土地と同様に「ゴム椰子」の森になったが、オーナーがひとつひとつの土地を買い戻しリトリートセンターを作った。

 

アーユルベーダの薬草がしげる庭。
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ミルクを提供してくれる牛たちもいる。
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暮らしに必要なものを丁寧に集め提供する。

朝早くから手間をかけて作られる食事や、ゆるやかな時間は、日本にもつながる豊かさを感じさせてくれた。

 

「よきこととは何か?」

この地で培われた思想や哲学が、長い長い時を経て、世代を越えて表現されたのがこの場所だと感じた。高い理想をかかげ、小さく有機的に創造し、矛盾が出たら休んで考え直す…女性ならではのしなやかさとリアルさの塩梅が絶妙だ。

働く女性達は誇りがあり、美しい。

 

小さなリトリート施設には、イデオロギーや宗教(キリスト教ヒンズー教、仏教、シーク教…何でもOK)のしばりを感じることもなく、「こうありたい」という想いが日々刻々と形作られている。ゆっくり、おおざっぱかつ繊細に。
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どこでも、誰でも、自分たちの「よきこと」を表現していい。間違ったら軌道修正したらいい。まだ世の中で未開拓な女性ならではの感性を表現し合うことで、地域にささやかな心地よさが生まれたら素敵。

 

正しいとか間違っている…という議論の前に「描いて」「自らやって」「試してみよう」ということか~!と腹落ちした旅。

結果を問うのは、100年先かな。

 

 

第十三回 100%を狙わない

街に昼間いる人たち

働く人々が増えて、昼間の商店街は静かになった。専業主婦が買い物かごを提げ、夕方の商店街を歩く姿は遠い昔のことだ。

昼間の商店街を歩くのは、高齢者が中心…そう決めつけるのは、話が早すぎる。

 

昼間も街に居るけれど、商店街に出会えていない「見えない顧客」がいる。

 

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人口データ

2010年9月、親子が商店街にデビューして持続的な街の活性化を図る…というアイデアを商店街に打診した時、店主たちの反応は冷ややかだった。

「この街に子連れはいない」

「仮にいたとしても、若い世代に面白い店はない」

「子ども連れのマナーに戸惑う」

「親子と商店街…いいことがあるの?」

 

自治体で公表している人口データを見てみれば、商圏を半径500m以内とした場合3万人を超す人々が暮らしている事実があった。

店主が目を向ける常連客の高齢者は、高齢化とともに減っている。目を向けていない顧客の掘り起こしが課題なのだ。

 

その一方、データから商圏内で毎年赤ちゃんが200人ほどが生まれていることも分かった。働く人々が増えているとは言え、乳児を育てる時期は親子が地域で過ごす時間が確実に増えるはずだ。

 

子ども達を中心に、その親世代…祖父母世代。

赤ちゃんを軸に「日常的に商店街を利用する暮らし」をつくることで、商店街は新しい利用者を増やすことができる。

 

100%を狙わない

商店街×親子をつなぐ親子で街デビュープロジェクト。最初のターゲットは、赤ちゃんを連れた地域の親子20組に商店街デビューをしてもらうことだった。

200人の10%、20組が「この商店街で買い物がしたい!」「また来たい!」と思う機会を用意することで、「あの街で何かがはじまろうとしている」期待感が生まれる。

 

100%を狙わない。

これも最初から決めていた。

 

人の価値観は多様で、その時々に変化もする。

少数派の共感が『実際にお店を利用して』はじめて良しとする…経験の連鎖なくして拡がりはない。

受け入れる商店主の立場で見ても、今まで意識していない顧客層に100%を狙い働きかけるにはハードルが高い。

 

20人に商店街の魅力を伝え、回や時間を重ねることで、年齢層をまたいだ厚いファン層が育つ。

20人に確実に魅力を伝えることができたら、20人を起点に街の魅力を味わえる、ゆるやかな人のつながりが拡がる。

20人が商店街の魅力に気づき、足げく利用をし始めたら・・・重い店主の腰も上がる。

 

大がかりなイベントでなく、バント10回であたりをつかんで塁に出る。

商店街の持続的な成長をゴールとするならば、ホームランを狙うより、一人一人が当たり所をつかんで誰でも塁に出れるチームになることが重要だ。

100%を狙わない効用は、意外に多くある。

第十二回 することが楽しむことになる

自分にむきあう

どんなときに自分は楽しんでいるか?

喜びは何か?

これから何をしたいのか?

今年の春、久しぶりの入院と自宅療養でゆっくり時間を過ごす中、自分に問いかけていた。脳機能を回復するため、哲学くさいテーマを感覚に問いかけ、暮らしの中でデータを蓄積する日々だった。

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自分を感じる

 ゆっくり過ごし、楽しむこと。

慌ただしく過ごしてきた私にとって、社会から離れて静かに暮らすことは、苦行ですらある。

 

幸運にも、3ヶ月は病後のリハビリという名目で体や心に向き合うことに決めてしまった。体の違和感を感じ、心もとなさに揺れる中で、ひとり自分へ問いかけをすることになる。

 

ゆっくりと味わう。

自分に出会う。

ささやかな毎日の営みを、新たな感覚で感じてみる。

与えることと受け取ることのバランス。

好きなもの、好きな場所。

今で手にしなかった本に出会い、新しい音楽をダウンロードする。

犬と一緒に公園に出掛け、猫と一緒に昼寝をする。

絵を描く。

元気になったら行きたい展覧会をチェックする。

 

体調を言い訳に、家族には色々なお願いもしてみた。遠慮から背負い込んでいた役割は、予想以上に軽くなった。

 

手放して、手に入ること

 体が回復しつつある中で、臨んだ仕事で気付いたことは「今までやり過ぎていた」ことへの反省だ。しなければならない…と思うことの多くは、しなくても何の問題もなかった。

それよりもビジョンを描き、関わる多くの一人ひとりの可能性に気づいたり。信頼を発揮しあう場に委ねるたり。信じて待つことが最も重要な役割であることに気づいた。必要があれば苦言を呈して主張する…当たり前なことを当たり前にするだけで、ことは済んでいた。

 

体力の限界ラインが下がったおかげで、拡がりを持ちながら様々な「無駄打ち」が飛躍的に減った。

 

自分に栄養をあげる。

自分を励ます。

自分を信頼する。

 

プロジェクトを進める「たくさんの私」の自分が満ち足りること。自分が何に満ち足りると満足するか?を知っていること。そこからはじめて溢れる力を活動に渡すことができる。

 

 

あるべき論の多くは、受け取りかたも人それぞれで揺らぐものだ。表に現れた声の奥底にある…言葉にもならない感覚や感情、隠れた意識に現実がある。表に現れた声と隠れた意識が、本人が無自覚でまるで裏腹なんてことはよくある話だ。

 

どんなときに自分は楽しい?

喜びは何?

私はどうしたい?

 

 することが楽しむことにつながると、動きは持続性や主体性、拡がりを持ちはじめる。リスクを取ることも、取り方次第。身の丈であれば笑ってすむこともある。

甘いばかりではない現実に、どう向き合うか?試案する前に、自分に問いかけてみるのもおすすめだ。

第十一回 天才リーダーを待つよりも

 

新しい試みにチャレンジする時、勇気が必要だ。リスクを取る覚悟を誰が持つか?リーダーシップが育つ瞬間だと思う。

ひとりの天才を待つよりも、全員がささやかなリーダーシップを発動するだけでチームの流れは変わるものだ。

 

住民参加で新しい試みを重ねる中、最終的には「自分達で考えたやりたいことに、コミットして実現する…リーダーシップをそれぞれに育てること」が肝になる。

「プロセスを見通す力」

「役割を分担する力」

「出てきた課題を解決するべく知恵や助けを呼ぶ力」

「助けに感謝し関係性を深める力」

書き出してみれば特別なことに思えるけれど…自立した大人として、あるいは家族を育む個人として…それぞれがリーダーシップを発揮する関係性が出来上がるとプロジェクトは加速する。

 

小さなチームは、「言わなくても、きっと誰かがやってくれる」という甘えが通じにくいので勉強になる。ゴールも課題も共有できる関係性を育てることが大切だ。

 

いつもサポートする人、いつもサポートされる人…一方通行の関係性はストレスを生む。

アクションへの反応、感謝の言葉、率直な感想や意見などなど、小さなやり取りが関係性を強め、人を動かす。

 

●そもそもどこに行きたいんだっけ?(ゴールはどこ)

●ゴールに向けて私達はどのみちを進んで行くんだっけ?

●目の前の課題…どうしよう?

●全員ついてきていますか~?

迷宮に入ったかな?と思ったら、この言葉をみんなで思い出すだけでいい。

 

プロジェクトは旅。

優秀なリーダーの登場を待つよりも、全員がプロジェクトのプチリーダーになれば、旅は自由に楽しめる。

エキサイティングな旅にするのも、残念な旅にするのも、一人ひとりの在り方次第。

つまらなくなってきた…は、自分のシグナル。旅人になって自分に問いかけてみよう。

 

第十回 親子で街デビューする効用

2016年11月、東京商店街グランプリを和田商店会が授賞した。並みいる商店街の中で、小さな商店街が6年に渡るチャレンジが評価を受けたことは、長年に渡り商店街を育ててきた店主と住民の喜びになった。

 

この年の瀬に、和田商店街の店主達、支えた親子の応援団「わだっち」、マッチングをサポートしたプロメンバーが集まり、この6年の振り返りを楽しんだ。

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6年前に出会った店主は、「親子が商店街にデビューする…コンセプトが面白い!」「協力すればいいのかな?」と軽い気持ちでスタートしたと語っていた。

地域新聞の発行や商店街ホームページのコンテンツづくり…親子が商店街にデビューするイベントの企画運営と…親子が商店街を楽しむ様々な活動に「びっくり」して、自分たちもこのままじゃいけないと奮起。気がつけば、商店街の長年の課題だった「若い人たちでにぎわう商店街」「店主が積極的に未来を考えられる商店会」になってきた。

グランプリはうれしいけれど、「商店街の日々の日常が豊かになり、若い人たちと応援しあい助け合える商店街になったことは奇跡だし宝」という。

 

プロジェクトのもうひとつの主役である親子たち。この街に出会った頃ぼぼ全員が「今だから言えるけれど、この商店街で活性化…大丈夫かな?と思った」と、実はかなり及び腰だった。

 

今では、街を通るだけであいさつが出来て、子どもの成長を見守ってくれる商店街は貴重な存在になった。二人目の出産を商店街に報告に行ったり、学童のお迎えに間に合わないお母さんと小学生の待ち合わせ場所が商店街のお店に…ということもあるらしい。プロジェクトの活動をきっかけに、商店街近くに移住したり、引っ越ししたい!と考える親子も少なくない。

 

商売にかける店主のこだわりと、品質の違いを実感したから「和田でも他の街でも、個人商店を選んで買うようになった」「魚は他では買えない!」という親子も増えた。いい店を選ぶ経験とチャンスがないだけで、安さだけではないお店の実力を知れば、若い世代は選んでくれる。

 

商店街の応援団「わだっち」として活動することで、コミュニティの一員としての安心感を得、この街がホームと思えるようになる…という声もあった。

初対面の印象と今のいい意味でのギャップが、店主とのふれあいを楽しむことにつながった。そして、これからの変化に希望を持っている。自分達のささやかな関わりが、店主を勇気づけて、街を変えている。

商店街の優れたところを知ることで、街への誇りが生まれる。商店街の良さを知れば、他の商店街への尊敬にもつながっている。

 

出会って6年を経た商店街の風景は、実はあまり変わらない。それでも「この商店街は素敵」と思えるのは、「人と人が出会っている」から。心を開いて出会ってみれば、見える景色は変わる。商店街も親子も…そして多くの人たちにも、出会ってみれば商店街はパートナーであり、パラダイス。

 

自分たちで造った「住みたい街」の味わいは、また格別なのだ。

第九回 主体的に動く

親子が商店街にデビューして、親子×商店街のコラボレーションで住みたい街をつくる。商店街に若い世代のニーズやアイデアを吹き込み、自分達で活躍を造り上げる主役は赤ちゃんを連れた若い親達だ。

 

和田商店街に生まれた親子の商店街応援団「わだっち」は、主たる活動メンバーが4月の職場復帰を境に毎年入れ替わる。はじめは、イベントへの参加者だ。赤ちゃんが生まれ「子ども達のふるさとになる街」に関わってみたい…イベントの面白さから「イベントの作り手」に変わっていく。

 

参加する「お客さん」である母達のほとんどは、出産するまでは社会の一線で活躍する働く女性だ。様々な経験やスキルを持っている。発信力、専門的な知識や技術、好奇心、語学力に表現力。セカンドキャリアを模索し、職場戦線に戻る前に自分の可能性にチャレンジする。子どもを持つことで意識が地域社会に向けられ…イベントをきっかけに商店街にデビューしようと思う積極性や地域を理解してみようと多様性に開かれる。「仕事を休んでいる時だから、ささやかでも社会の役に立ちたい」と社会貢献に対する意識も高い。

 

商店街応援団わだっちは、仕事に子育てと多くの役割と責任を担う母達のオアシスであり、協働を楽しむ刺激的な場所だ。自分の秘めた力を発揮したり、新しい役割にチャレンジする場でもある。フラットな関係性で安心して本領を発揮したり、見守ったりできる。失敗を乗り越える強さや、人に委ねる信頼が生まれる。

 

共働きが当たり前になりつつある今、一世代前の主婦像を、彼女達に当てはめようとするのは的外れだ。

「主体的に動く」

「できる時できるコトを動く」

子育てで磨かれた柔軟な思考と感性。協調的な姿勢が、活動を重ねるごとに進化しユニークな活動が次々に生まれる。

 

彼女達をさらに元気づけるのが、異世代の店主とのかかわり合いだ。「今日もお疲れさまね」「ありがとう」「よろしくお願いするね」と、細やかな声かけが彼女達に前へすすむ勇気を与えている。

 

できる時にできるコト…は、私を和田商店街に引き会わせてくれた阿真京子さんの言葉だ。柔軟な思考が無理な動きを抑え、時に飛躍的なパワーを発揮する。

マニュアルや管理より、柔軟で主体的な動きやリズムをつくることが、最強チームの秘訣だ。母達の主体的な動きが、次の時代を生き抜くヒントを教えてくれていると私は思う。

第八回 そして種をまこう

まかない種は芽吹かない。

 

種を巻くことは、自分の中にある「こうありたい」という本質的なニーズや願望を、自覚して実現を試みる行動だ。

 

本質的なニーズは、人それぞれに違うもの。遺伝子のように、人それぞれの個性が違うように…蒔かれる種も違う。

大切なことは、様々な種が蒔かれてそれぞれのタイミングで芽吹くことを許すこと。畑を耕し、肥やしを入れて…自分や他者の芽吹きを許すことで、街は持続的な花畑になる。

 

種の性質や畑の状態、温かさや雨などの環境の条件で芽を出すタイミングが変わる。

季節や気象条件…種の種類。

自分自身の内的な事情や、自分を取り巻く外的な事情。出会いや様々な偶然が重なり、時の運も必要かも知れない。

 

親子で街デビュープロジェクトは、商店街を舞台に、店主や住民が「こんなことをしたい」「こんな街があったらいいな」を「新しい種」として街という畑に蒔く作業だ。

 

その人のタイミングで関わり、主体性を持ち「種をまく」。わずかな時間でも、ささやかな存在と思っても、蒔かれた種はそのタイミングが訪れた時に芽を出す。

 

誰かと一緒に種をまいたなら…「蒔いたね」「芽がでたね」と共に育ちを味わえる仲間が生まれる。畑を慈しむ行為が歓びになる。

 

美しい花の種を選りすぐり、雑草を抜き、美しい花だけの花畑をつくることはできるが…美しい花には飽きがくる。手間暇やエネルギーが限られる時、多様な価値観を受け取り育て合うことは持続的な花畑をつくる早道だ。

 

街に暮らす人、働く人の力を育て合うことは…時代の変化をするすると越えて、一人ひとりが生きる力を手の内に取り戻すこと。

いつか社会を回すエネルギーが乏しくなっても、人と人が生きていく限り…自分の力、他者の力を育て合うと、街は有機的に動き出す。

 

誰かが作り出来上がった街を買うよりも、自分達で育てた街は…自分達のしあわせにより近くなることは必然。掛かるお金もコントロール出来て「コスパ(コストパフォーマンス)がいい」。

 

次世代を担う子ども達が生き生きと育つ暮らしをつくるために、私達は種をまこう。

私達が創造性を発揮して「種は自分でまける」「花を咲かせる」ことができることを、子ども達にみせてあげよう!

 

気がつけば、子ども達が自分で種を蒔きはじめる、畑を耕しはじめる…そんな日は以外に近くにやって来ます。